ビー大 補講。

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ

特集・ビートルズとインド
2006/03/29

昨日の「第27回 ビートルズとインド」の講義レジュメです。

受講できなかった方にせめて雰囲気を味わっていただければ幸いです。

受講なさった方はあなたのビートル偏差値アップの証として、それぞれの見出しに答えられるあなた自身になっていることをお楽しみください。

教材として使用した楽曲が好きになって再度自宅で楽しもうという方への曲目ガイドにも使っていただければ幸いです。

「省略」と付記されているものは、時間との兼ね合いで講義で割愛したトピックです(かなりの部分をプチ補講でやりましたが)。


前半

1、ジョージとシタールの最初の出会いはそもそもいつなのか?

2、Gとラビの練習風景〜ラビの談話〜Gの談話(習いに行く経緯は?)

3、ラビから見たGの印象は? Gをインドで教えた思い出とは?

4、「ドラッグの次は、人生の意味の探求」。ヒルトンでのマハリシの講義に行くことになった経緯とは? マントラとは?

5、マハリシとの出会いについて

6、ブライアン・エプスタインの死について

7、アシュラムでのビートルズのもろもろ。談話&プライベート映像各種

8、ポール・サルツマン氏の著書「ビートルズ・イン・インディア」とは!? そのデラックス・エディション付属DVD収録の映像(本邦初公開)

9、(リバプールにて取材)「ビートルズ・イン・インディア」著者ポール・サルツマン氏がなぜ写真を撮れたのか? アシュラムに入った経緯は?

ポール・サルツマン氏取材

10、(リバプールにて)通常の瞑想とTM瞑想の違いとは?〜ポール氏が授かったマントラは?

11、(ニュージャージーにて)ポール氏が長テーブルで初めて4人と出会って会話した内容は? アシュラム内に存在した2つのグループとは?

12、(アメリカーカナダ間を移動するポール氏の車の助手席にて取材)「で、君はアメリカ人ってわけ?」とJが言ったジョークの正しい意味とは?

13、PとJの当時のインタビュー映像「瞑想法とは」

14、(リバプールにて取材)各自に授けられたマントラは秘密ではないのか? ビートルズのマントラは何だと思うか?

15、(ニュージャージーにて取材)マハリシに初謁見した際のエピソード Gがテープレコーダーで録音したての新曲をマハリシの前で流しながら生で歌ってくれたエピソード

16、「ジ・インナー・ライト」を対訳を見ながら賞味

17、(リバプールにて取材)瞑想についてビートルズと何か話したか

18、(リバプールにて取材)ビートルズが歌った歌で覚えているのは? 

19、(ポール氏の車の中で取材)ポール氏が目撃した「オブラ・ディ」の元々の歌詞について再確認

20、「オブラディ…」という言葉を考えた人物についてのレクチャー

21、「オブラディ…」初期バージョンを賞味

22、(リバプールにて取材)マイク・ラブ、ミア・ファーローについてのポール氏の思い出

(講義当日は割愛・マイク・ラブの誕生祝いにビートルズが歌ったビーチ・ボーイズ風「ハッピー・バースデイ・マイク」)

(講義当日は割愛・ビーチボーイズによる「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」)

23、(ニュージャージーにて取材)ビートルズやマイク・ラブの人となり。ポール氏はどうやってこのようにリラックスした写真を取れたか?

24、J・Rの当時の談話、メンバーのプライベート映像、「ディア・プルーデンス」について〜「ディア・プルーデンス」を賞味

25、プライベート映像と、Pが「アイ・ウィル」を作った談話

26、Pが今なお記憶している“村の映画会に行った時”の映像を紹介

ミニ・ライブ「I WILL」

(休憩)

後半

27、(ニュージャージーにて取材)Jとサルツマン氏が恋について話した思い出

28、「ジュリア」初期バージョン賞味

29、(ニュージャージーにて取材)昨年シンシアに会ったエピソード。シンシアが「ビートルズ時代のジョンの全写真の中で私はこの写真がベストだと思う」と語った写真はどれか?(その時のシンシアの画像と共に)

30、(リバプールにて取材)アシュラムでの生活は? ドノヴァンとミアの例 

(講義当日は割愛・ドノヴァンとポールのセッション音源)

(講義当日は割愛・(ニュージャージーにて取材)ドノヴァンのエピソード)

31、Gによる「カモン・カモン」談話〜ヘリコプターについてのPの談話

32、(映画レットイットビー)映画館の字幕では零れ落ちていたが、実はみんなでインドでの思い出を話しているという事実

33、「レット・イット・ビー」のその場面を、新字幕で公開。
80年代初期に一度だけノーカット新字幕でTV放送された際、ベータマックスの最高グレード・テープにてエアチェックしたもの。

(講義当日は割愛・(バッファローにて取材)サルツマン氏とマーク・ハドソン、リンゴとの関係 サルツマン氏の邸宅に私が泊まった晩に届いたマーク・ハドソンからのメールで判明したエピソード)

(講義当日は割愛・マーク・ハドソンとリンゴの映像)

(講義当日は割愛・(車の中で)マーク・ハドソンの人となり)

(講義当日は割愛・(レクチャーにて取材)リンゴが16ミリのムービーカメラを持ってきていた面白いエピソード)

(講義当日は割愛・(リバプールにて取材)リンゴが早く帰国したのは食べ物が合わなかったからという記述の真相)

(講義当日は割愛・(ニュージャージーにて取材)4人がいかに素晴らしかったか)

34、マハリシとの決別 NYでの会見映像含む

35、インドから帰国 3人の回想映像

36、(リバプールにて取材)マハリシは覚醒者だと感じたか

37、(ラトルズ)サルタンとの出会い〜バンゴア〜別れのパロディ 「ウィズイン・ユー」のパロディ付

38、(ニュージャージーにて取材)Gとシタール、Gの24歳での老成ぶり

39、(燃えよドラゴン)「考えるな、感じるんだ」「指に精神を集中するのではない」の真の意味

40、(燃えよドラゴン)高僧からの公案と、それに対するリーの回答

(講義当日は割愛・Gマーティンがマルチ・テープを使って解析する、「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」)

41、「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」を賞味

(講義当日は割愛・宮永の宅録カヴァー「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」サイケデリック版)

41、スターウォーズにおけるメディテーションの重要性の言及(教材映像は省略)

42、スターウォーズにおける気、老荘思想への言及(教材映像は省略)

43、ポールのアンビエント・アルバム「ファイヤマン」(時間の都合で音源は省略し、賞味法伝授のみ)

44、「ホワッツ・ニュー・メリージェーン」賞味法伝授

(講義当日は割愛・クラブ系カヴァー作品「ビコーズ」)

45、トランスCDのジャケットになぜマンダラがあるのか。アップルコンピューターやi-tuneについての考察。

(講義当日は割愛・宮永お勧めのゴアトランス曲)

(講義当日は割愛・クラブ系カヴァー「カム・トゥゲザー」)

46、「ディス・ワン」ジャケットの意味

47、「ドライヴング・レイン」収録の「ライディング・イントゥ・ジャイプール」について

(講義当日は割愛・(バッファローにて取材)書籍2種類の詳細映像)

(講義当日は割愛・(レクチャーにて取材)サルツマン氏はその後ビートルズのメンバーの誰に会ったか? 現在アップルに打診している大きなプロジェクトとは?)

(講義当日は割愛・ポール邸のゆったりとした時の流れ)

(講義当日は割愛・アクロス・ザ・ユニバースの呪文の意味 ついに判明)

(講義当日は割愛・「アクロス・ザ・ユニバース」)

48、全員プレゼント大会

(豪華本「ビートルズ・イン・インディア」付属DVD、同CD、同パブリシティシート、同ステッカー、同カラー・フォト・カード…すべてポール・サルツマン氏から直々にビー大のために御提供いただいた品々。)

どれも3月28日現在、日本では入手不可能なものばかりです。見れば見るほどそこには様々な情報が内包されていますので、あなたのビートルズ研究資料に御活用ください。

ちなみに「ビートルズ・イン・インディア」公式サイトは下記です。見ると生々しさにどきどきしてきますよ。
http://www.thebeatlesinindia.com/


それでは、今後のビー大もどうぞお楽しみに!!


Full of exclusive interviews with Paul Saltzman were introduced in this lecture.
I'm VERY happy to have introduced his magical experinece to students of The Beatles University.
Thanks to Mr.Paul Saltzman.

カナダ取材旅行 報告
2006/03/14

1週間、カナダはトロントに行ってきました。

インドでビートルズと修行したポール・サルツマン氏(トロント在住)と3度目の再会を果たし、新事実もいろいろ聞かせていただきました。

ドキュメンタリーフィルムの制作会社を経営する氏の豪邸はオンタリオ湖畔にありました。広い窓の外は海とみまごうばかりの湖。大理石の床を大きな白い犬と2匹の猫がお出迎えしてくれました。
ホテルも取っていたのですが、お言葉に甘えてそのまま泊めていただき、翌日早朝から氏の車でアメリカまで小旅行に同行することになりました。ニューヨーク州で開催される彼の写真展&講演会に2日間立ち会うためです。アメリカのビートルズ・ファン達も眼を輝かせてポール氏の話を聞いていました。

次回ビー大「ビートルズとインド」、どうぞご期待ください。

ANAスカイホリデー・プレミアム  続報
2006/01/30

次のシーズン(4月1日〜10月31日)の期間も、続けてこの旅行プランがお楽しみいただけることが決まりました。

来期のパンフにも同様に監修者として、私とビートルズ大学のことが紹介されます。
機会があればご覧いただければ幸いです。

ANAスカイホリデー・プレミアム 監修
2006/01/18

「ビートルズゆかりのキャピトル東急に泊まって、ビートルズゆかりの地を巡る」という長い名のツアーが発売されました。
このプランの監修者として、私の顔写真&プロフィールもパンフレットに掲載されておりますのでこの場でご報告させていただきます。

これはANAスカイホリデー・プレミアムと呼ばれる「最上級の空の旅」で、3月31日までの期間限定プランです。東京が目的地の旅ですので、出発地は札幌・山口宇部・九州各地・那覇エリアとなります。
(上記エリア以外に在住の方でもご興味があれば全日空ツアーからパンフはいただけると思います。)

パンフ画像が見られるサイトもありました。
http://www.outech.co.jp/article/00018.html

キャピトル東急ホテル、取り壊し決定
2005/09/03

「キャピトル東急ホテルが来年取り壊し決定」と8月26日に発表されたことが判明しました。まだご存じない方も多いと思い、ここにご報告させていただきます。

以下、概要。

東京都都市計画「永田町二丁目計画」のB地区に位置しており、このほどホテル及びオフィス等からなる複合ビルを開発する「永田町二丁目計画」が正式に決定した。
本計画では、この地区に東急ホテルズの新たなフラッグシップとなるラグジュアリーホテルや、ハイグレードなオフィス等からなるタワー型の複合ビルが建設される。
本計画の推進に伴い、1963年に東京ヒルトンホテルとして開業して以来40余年に渡り営業してきたキャピトル東急ホテルは、2006年11月末日をもって営業を終了する。
新しく生まれ変わるこのホテル&ビルは2010年開業予定。

http://www.tokyu.co.jp/contents_index/guide/news_fram.html

私(宮永)が初めてこの話を耳にしたのは、29日のビートルズ大学終了直後です。打ち上げ会場に向かう道で、カンケ氏(「ビートルズ10」パーソナリティ)から伝えられました。カンケ氏は、私がとっくにこの件を知りつつも敢えてそれを伏せているのだろうと思っていたそうです。

次に詳細を正式に知らされたのが、31日にキャピトル東急ホテルに伺ったときです(ビートルマニア宿泊プラン最終日を予約していたのです)。
部屋に着いてから、ホテルの副支配人から詳しく伝えられました。それを聞き、胸が締めつけられると同時に「宿泊プランが実現してよかった」という思いも込み上げました。また「閉館が来年11月なら、来日40周年はまだ営業中である」という事実もよぎりました。
幸いホテル側は、来年は過去最大の「ビートルズ来日」回顧をすべきだと考えてくださっています。それが確認できたことは大きな喜びでした。
今回ビートルファンの皆さんが、「ビートルマニア宿泊プラン」を支持してくださり、素晴らしい結果を出せたおかげです。(宿泊者アンケートには『ビートルズ大学で知った』と記入された方もいらっしゃったとのことです。多謝。)

結局私はプレジデンシャル・スイートには、9日と31日の計2回、泊まりました。そこで自分なりに感じたこと、得られたインスピレーションは多大であり、何らかの形で発表しようと思っています。

今回あの宿泊プランを体験されなかった方は、次回こそ是非ご検討をお奨めします。日本在住でビートルズのことが好きな方であれば、このチャンスを逃す手はありません。


ビートルマニア宿泊プラン”Days of Beatlemania”監修にあたって
2005/08/01

http://www.capitoltokyu.com/beatles/index.shtml

この特別プランは、私の主宰する「風雲!ビートルズ大学」2005年6月講義「来日特集」の際に、ホテルの隅々まで取材させていただいたことが契機となって、ホテル側が企画してくださったものです。

それならば宿泊なさるお客様に是非ともたっぷりと楽しんでいただきたいとの思いから、僭越ながらファンの視点での進言をホテル側に対して細部に渡ってお伝えしました。

この企画の注目すべき点を、裏話をまじえてご紹介させていただきます。

部屋の調度品は当時の雰囲気に近い形でまとめられました。その上、当時ビートルズが絵を描いていたあのライティング・デスク(加山雄三氏との記念写真で映っている机)の実物も、今回のみ特別に設置されることになりました。

宿泊中にホテル内のビートルズゆかりのスポットをたっぷり探訪していただけるように、このリーフレットには、6月の「ビートルズ大学」で検証した内容(室内各所・ホテル各所の詳細な解説)をふんだんに盛り込みました。このリーフレットを片手に、ぜひ部屋の窓から外を眺め、ホテルの各所を巡り、夜は寝室でくつろぎながら、当時のビートルズの気分・ファンの気分・報道陣の気分に思いをはせていただければ幸いです。

また、オプション(別料金)ではありますが、当時の復刻メニューにも大変な時間とエネルギーを注ぎました。

まず、私の所有する資料の中から、ビートルズ滞在中のメニューがほんの少しでも描写されている写真&文献をセレクトし、総料理長にひとつひとつ見ていただきました。

ホテルの名称こそ東京ヒルトンではなくなっていますが、1960年代からここで勤務なさっているプロ中のプロに見ていただくことで、驚くほど多くの事柄が判明しました。

例えば、ソースが入った銀器が2種類映っている写真を見て、総料理長は「これはマッシュルームソースとベアルネーズソースです」とおっしゃるのです。赤と白の液体が入っている写真を見て「これは…シュリンプカクテルにかけるカクテルソースとマヨネーズソースですね」という具合です。

スリリングかつ考古学的な検証は次々と進められていき、中でも「ああ、ここに映っているのは肉を切るために使うカーヴィング・ボードです。ということは、これはヒレ肉の大きいものをお部屋でお切りしてお出ししていたんですね」という発言に、私はこの作業のひとつのクライマックスを感じました。こうして総料理長の頭の中に着々と復刻メニューのラインナップが固められていきました。

次は試食会議です。

この会議には私以外に星加ルミ子氏(ビー大名誉教授)と東芝EMIの森氏(現・執行役員)と関本氏(現・ビートルズ部門部長)も出席、室内でのビートルズの様子を実際に見た星加氏の証言を聞きながら、一品ずつ試食し、議論を重ねました。「これとこれは当時2皿に分けて出されているので、今回も1皿にまとめたりせずに当時と同じく2皿で出していただけまいか」「単に季節のフルーツ類を出すよりも、この文献に残っているこの特定のフルーツを単品で出していただく方が喜ばれるのではないか」等々…。

こうした意見のひとつひとつに総料理長は真剣に耳を傾けてくださいました。ひとえにお客様にご満足いただける“復刻メニュー”を目指すためです。

この会議を経て、盛り付けやラインナップの“復刻度”は更にアップしました。考えてみれば、これらのメニューはこのプランで宿泊するお客様しか注文できないわけですから、なんとも贅沢な試みに挑戦してくださったものだと思います。

1005号室の普段の料金を調べていただければおわかりの通り、キャピトル東急ホテル側は今回、「日本におけるビートルズの重要モニュメント」としての自覚と責任をもって、多くの方にあの1005号室を肌で感じていただきたいと願ってこのプランを立ち上げたのだと感じています。ビー大での私が多用するフレーズを使わせていただくなら、これがこの宿泊プランの正しい“賞味法”でしょう。

総料理長もスタッフも如何に一丸となってこのプランを完成させたのかを私は知っています。そして、「ビートルズ来日40周年」をカウントダウンするこの特別企画に、微力ではありますがお手伝いさせていただけたことを大変誇りに思います。

ビートルズはこの部屋で何を見てどんなことを考えたのか…書物だけでは味わえない“体験する快楽”をお楽しみください。この宿泊が貴方のビートルライフのかけがえのない思い出になることができましたらこんなに嬉しいことはありません。


…以上、ビートルズ大学受講生のみなさんに知っていただきたく、長文ですがアップさせていただきました。

残りはわずかです。
この貴重な機会をどうぞお見逃しなく。


宮永正隆

第21回 リンゴ大特集 
2005/07/17

「Happy Birthday, Ringo! リンゴ大特集」講義レジュメ

【第1部:最近のビートルズ関連ニュース賞味法】

★「スマイル」DVD発売
 
ブライアン・ウィルソンとビートルズの関係
〜「スマイル」ロンドン初演バックステージでのブライアンとポールの姿

★「ポール・マッカートニー・イン・レッド・スクウェア」DVD発売

ポールがロシアの土を踏み、赤の広場で「バック・イン・ザ・USSR」を歌う意義

★リンゴ監督作品「ボーン・トゥ・ブーギー」DVD発売
 
グラムロック早わかり解説

リンゴと映画の関係

仮説発表:その当時ポールが感じたであろうことは何か?
「Hi HI HI」プロモにおけるポール検証

★リンゴ最新アルバム「CHOOSE LOVE」発売

国内盤と輸入盤の違い

表題作「CHOOSE LOVE」(歌詞を見ながら〜メイキング映像を見ながら)

プロデューサーMark Hudsonについて

リンゴのアルバム「Vertical Man」収録の「What in the world」賞味法


【第2部:リンゴ賞味法】

★ビートルズに一番最後に入ったメンバーであること

★その前史(ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ)

芸名の変遷 リンゴ・スターと名乗る前にも芸名があった!?

★加入前のリンゴについてビートルズのメンバーが抱いた印象

★ピート・ベストからリンゴへ

ビートルズのドラマー交代劇に関する考察

★ジョージ・マーティンとリンゴ

★ピート・ベストに関する考察

ピート・ベスト版「Love me do」

ピートのドラムが下手だったから辞めさせられたのではないという説 …では何が原因だったか?(仮説発表)

★ピート・ベストもリンゴも叩いた曲「Sure to fall」を考察

ピート・ベストのドラム(デッカ・オーディション)
リンゴのドラム(BBCラジオ出演時)
(おまけ)リンゴのドラム&ボーカル(リンゴのソロアルバム「Stop and smell the roses」)
ポールがベース&ピアノ&コーラス&プロデュース&ミックスしている。

★リンゴに代わってジミー・ニコルがビートルズのドラマーとなった時期を考察

64年オランダTVショー出演時のジミーの叩き方

64年メルボルンのフェズティバル・ホールでのリンゴ復帰

そのワールド・ツアー中のジミー・ニコルは、ビートルズではなく主にどういう人達と行動したか。

★リンゴのドラミング例

スウェーデンTVショー出演時の「Long tall Sally」

★リンゴの持ち歌としてビートルズがカヴァーした「Act Naturally」

65年「ブラック・プール・ナイト・アウト」出演時にいつもはポールが言うリンゴの紹介を自分で言ってから歌う珍しいリンゴ

★「Act Naturally」はカントリー&ウェスタンの大御所バック・オウエンス曲

日本で例えれば、演歌のようなジャンルを好きなビートルがリンゴであるという重要ポイント

ビートルズは4人で見事な“アメリカン・ミュージックの総体”であった。
つまり…
ポールの根幹はスウィング・ジャズ
ジョン 〃  リズム&ブルース
ジョージ 〃 ヒルビリーにロックをプラスしたロカビリー

そして…
リンゴ 〃 カントリー&ウェスタン
つまり、リンゴがパズルの重要な最後の1ピースだった。

以上のことは、実は大瀧詠一氏より教示された概論である。

今回のビー大はリンゴ生誕祭(7月7日)のみならず、実はミスター・ナイアガラ生誕祭(7月28日)というテーマも内包していた。

それらをふまえて
★バック・オウエンス本人とリンゴのデュエット版「Act Naturally」

★ビートルズの多面体宇宙における「童謡」や「子守唄」のボーカルを担当するにぴったりの逸材がリンゴ
であった。

「Yellow submarine」(イントロ語り付 別ミックス)

「トンヤレ節」:官軍が江戸に攻め入るときに歌った日本最初の流行歌。鼓笛隊による編曲や演奏はこれまでの邦楽と根本的に異なる完全洋風音楽である。

「蛍の光」:明治の近代化で西洋音階が導入されていく典型例。スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」に日本語詩をのせて国民に与えた(=唱歌とした)。

「軍艦マーチ」:軍隊強化のため欧米から武器・人材等を仕入れた際に、軍楽隊の文化が欧米の楽器ごと日本に入ってきた。それが海軍軍楽隊と発展し生まれた曲。

「竹に雀」:やがて民間にも波及し、CMにも使用されるようになってくる。メディアが発達していない時代のCM=チンドン屋さん

★大瀧詠一氏の「分母分子論」。

「世界史分の日本史」が次第に「世界史分の日本史分の日本史」となり、やがて「(世界史分の)日本史分の日本史」となり、更に時代を経ると(  )が取れてしまうという学説。

「幸せはここに」(大橋節夫とハニー・アイランダース):ハワイアンをやっていたバンドがその楽器編成で、日本人の琴線に触れる歌謡をやった例。

「東京で恋をして」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ):ラテンをやっていたバンドがその楽器編成で、日本人の琴線に触れる歌謡をやった例。

「セクシー・バスストップ」(浅野ゆう子):ディスコ時代が到来したときの取り込み例。

「俺は絶対テクニシャン」(ビートたけし):テクノポップの時代の取り込み例。

日本の歌謡界の歴史は、その時代ごとの世界の潮流を日本向けに咀嚼し取り込んできた歴史である。

「スーダラ節」(ハナ肇とクレイジーキャッツ):
軍楽隊〜チンドンの香りを、流行歌に取り入れた名作


「イエスタデイ」が遂に音楽の教科書に採用。

ビートルズ来日時にあれほど不良の音楽と呼ばれたにもかかわらずそれから3年ほど(1969年頃)のことである。

明治101年目の日本国政府が教材として選び取った洋楽はビートルズであった。

それ以降、つまり現在の日本の流行音楽は、「明治からの100年間で作ってきた流行音楽」を分母とし、「ビートルズ」を分子として発展したものなのである。

以上の壮大な日本の流行音楽の歴史を重層的に込められている作品こそが…

「イエローサブマリン音頭」(金沢明子)
編曲:萩原哲晶(スーダラ節の編曲者)
プロデュース:大瀧詠一

ビートルズの「Yellow submarine」がここまで辿り着いた感慨。
「一体何を言い出すのか宮永教授」と思って聴講していた受講者にとっては、無事にリンゴに帰結した驚愕(笑)。

「イエローサブマリン音頭」が外国で出たアルバム「Exotic Beatles」に日本代表として収録された事実は実に象徴的であること。

ポールも出席したある会合で日本のある人がこれを流した際にスタンディング・オベーションだったとのエピソード。

(「トンヤレ節」以降のここまでの部分は、大瀧詠一氏が過去に発表した論文「『イエロー・サブマリン音頭』と明治百年」、「分母分子論」等を私なりに解釈・アレンジして講義させていただいたもの。)

★大瀧詠一氏にとって、ビートルズは空気の如く血となり肉となっている。だからこそ正面きって打ち出すことはめったにない。

2004年のFM番組(新春放談)で、大瀧氏が「高校時代に、友達がポールで大瀧氏がジョン役でビートルズを歌ったテープがある。そのときのオケはジミー・ハスケル楽団によるビートルズのマイナスワン・レコード。あのアルバムを探しているが、中古盤屋でも一度も出会ったことがない」と発言。それを聞き、そのアルバムの英国盤を所有している旨を私から大瀧氏に報告したエピソード。

その後、それの日本盤(当時、大瀧氏が所有していたものと同じもの)がオークションに出品され、大瀧氏に報告したエピソード。

いろいろあって大瀧氏の手に渡った「SING A SONG WITH THE BEATLES」日本盤。実は「ナイアガラ・ムーン 30周年記念盤」の裏ジャケ右端にお披露目されている。
(本邦初公開エピソード)

★そのアルバムの英国盤を披露

これほどまでに“そこはかとなく”ビートルズへのリスペクトを表明するのがまた実にナイアガラ的。

(リンゴ特集締めくくり)
★「Real love」

ポール・ジョージ・リンゴがジョンのデモ・テープと一緒にレコーディングした様子。

「リンゴもポールも長生きしてね!」という想いを込めつつ、同好の士が集い、こうしてリンゴの誕生日を賞味するという稀有な体験であること。

(おまけ)
★リンゴの顔の実物大(ライフマスク)披露

この回の予告文にあった“リンゴのあんな魅力やこんな顔を賞味しながら、みんなで一緒に誕生日を祝いましょう。”という文章にある「こんな顔」とは、この品の公開を予告していたのだということを明かして終了(笑)。


第20回 「来日 特集」
2005/06/09

ビートルズ大学としては2年目の「来日特集」。

今回の概要を記録しておきます。

1、開演前BGM「ウェルカム・ザ・ビートルズ」について

★ブルー・コメッツの位置づけ

★GS(グループサウンズ)の何たるか

★メンバーの1人である三原綱木氏に直接「ビートルズ来日の思い出」をお聞きしたエピソード

2、(教材映像)
羽田到着〜首都高をパトカーの先導のもと貸切で東京ヒルトンホテルへ〜右翼の街宣車〜記者会見の様子

3、(教材映像)
B4マニアが高じて、もはや「真珠の間」マニアと化していることについて

4、(特別ルポ映像)
この映像は、キャピトル東急ホテル(当時 東京ヒルトンホテル)の暖かい御協力の元、今回の特集のため、私が星加ルミ子名誉教授とともにホテル内を取材検証してきたものです。

★星加名誉教授とロビーで合流

★真珠の間(紅真珠の間)にて検証

★駐車場 入り口からの動線

★駐車場 ビートルズが出入りした業務用出入口(2ヶ所)

★駐車場 ビートルズが使用した業務用エレベーターに乗り込む

★10階 業務用エレベーター降り口

★星加さんが当時10階へあがっていった手段を検証
(トニー・バーロウ氏がどのあたりでどうしてくれたか。)

5、(教材映像)
トニー・バーロウ氏の8ミリ映像付
「7月1日 昼 ロックンロール・ミュージック」

6、(特別ルポ映像)
いよいよビートルズが泊まった1005号室(プレジデンシャル・スイート)内へ

★当時の様子回想

★ジョンに「シェー!」を伝授していた場所はどこか。

★4人が絵を描いていた場所は?

これに関して、加山雄三氏(6月29日に訪問)と星加氏(7月2日に訪問)の記憶の食い違いの謎

新事実発覚

7、(特別映像)当時ビートルズが描いた絵の本物

横浜のコレクターズショップ「トラックスジャパン」のご厚意により、間近からつぶさに撮影させていただいてきた映像です。

★絵の具の微妙なタッチ、紙の質感。

★ミュージックライフでも紹介されていた有名な1枚が、星加氏訪問後、半日の間にジョンによって加筆されていた事実がまざまざとわかること。

★その他、来日関連のレア・アイテム各種。

〔休憩〕

8、(教材映像)
「6月30日 夜 ロックンロール・ミュージック〜シーズ・ア・ウーマン」

9、(特別ルポ映像)
このスイートルーム内での「長谷部カメラマンとジョージ」のエピソード


10、(教材映像)
「7月1日 昼 イフ・アイ・ニーデッド・サムワン」

11、(特別ルポ映像)
当時ブライアン・エプスタインが泊まった1027号室(インペリアル・スイート)内へ

★新事実発覚

ビートルズはこの部屋もかなり使用していた。

その部屋でジョンが見たものとは。

12、(教材映像)
「6月30日 夜 ペイパーバック・ライター」

13、(教材映像)
当時の料飲部支配人の証言

★会員制「スターヒル・クラブ」でビートルズが演奏?

14、(特別ルポ映像)
「スターヒル・クラブ」があった場所(現在は中国料理・星ヶ岡)で実地検証

★何の曲をやったのか。

15、(特別ルポ映像)
星加氏がトニー・バーロウ氏と会食した「ケヤキ・グリル」

★どの場所か。

★どんな顔ぶれで。

16、(教材映像)
「6月30日 夜 デイ・トリッパー」

17、(特別ルポ映像)
ビートルズの部屋が見えたのは、ホテル周辺のどのあたりから?

★インペリアル・スイートが見える場所

★プレジデンシャル・スイートが見える場所

18、(特別ルポ映像)
ロビーのオブジェに、偶然にもビートルズの古巣の名が!←新事実(笑)。

19、(特別ルポ映像)
航空写真による、当時のホテルとその周囲の全景

20、(教材映像)
「7月1日 昼 ノーウェア・マン」

★この曲の賞味法

21、(教材映像)
日本テレビに永久保存されている
「来日時ドキュメント映像」

22、(教材映像)
現在主婦となっている2人の女性(当時16歳)が語る「武道館公演の思い出」

23、(教材映像)
当時のホテル周辺の警備、ビートルズの部屋を見上げ続けるファンの様子


以上。


…東京ヒルトンホテル(現・キャピトル東急ホテル)が、ビートルズファンにとって如何に重要なモニュメントであるか。
そして実はホテル側もあの部屋に関してはできるだけ当時の雰囲気をきちんと保とうとしていたという事実、その心意気。

…受講されたあなたは、今後このホテルの名を見聞きする度に自分の中に生じる様々な感慨をお楽しみください。そしてその都度、「初心者から上級ファンまでビートル偏差値アップ保証付、という看板に偽りはないなあ」と実感していただければ幸いである(笑)。

さて、来年の6月はいよいよ「来日40周年」。どんな講義にしようか今から燃えております。

最後に、今回の取材において全面的にご協力いただきましたキャピトル東急ホテルに厚く御礼を申し上げます。また、長時間に渡り、細かい検証にお付き合いいただきました星加ルミ子名誉教授に多大なリスペクトを捧げます。


ビートルズ大学 学長
宮永正隆

第9回「パロディ(&フォロワー)特集」講義レジュメ
2004/06/11

まず、近況トピック・コーナー

★ビートルズにちなんだオリジナル「ドリンク・メニュー」開始の報告

★リンゴの著書「Postcards from the boys」

★「MOJO」ビートルズ写真(写真家別)特集号

★「John Lennon's Jukebox(ジョン・レノンの自家用ジュークボックスに入っていた曲ばかり集めたCD)」から「Watch your step」(=ビートルズから全てが始まったわけではない。ジョンだって先達に対する素晴らしきフォロワーである。)…この話が導入となり、次第に本日のテーマへ。


1、まずはこんなのご存知?

★あまりに微妙なパロディねたゆえ、まずは元ネタから見てもらう。

「映画でレット・イット・ビーを歌っているポール」

これを、ある日本の女性がビデオクリップでパロっています。さて誰でしょう?

答・「森高千里 渡良瀬橋」


2、ジャケット・パロディ・コーナー 
宮永コレクションより、いくつかご紹介。

“こういうパロディ・ジャケットを店頭で見てしまったら、これはもう野犬に咬まれてしまったようなもので、たとえ内容がB4と無関係であっても、買うしかないわけです。”という苦渋の談話を添える。


3、パロディ音源コーナー

★「さっちゃん」(あたらしいどうよう赤盤)

★「おどるポンポコリン」(あたらしいどうよう青盤)

★「これが私の生きる道」(Puffy)
シングルのみに収録のカラオケ・ヴァージョンで精細に聴いてみる。

★「Yes, I’ll let you hold my hand」(The Bootles)
タイトルからおわかりのとおり「抱きしめたい」のアンサー・ソング。
この曲を例に、当時アメリカで出たビートルズ便乗ソングに共通していると宮永が感ずる重要ポイントを講義。


4、パロディ映像コーナー

★「ラトルズ」
パロディ映像の頂点。
本日は、東京12チャンネル(現テレビ東京)でオンエアされた“吹き替え版”で。

★「The return of BRUNO」
ラトルズ以外では、かなり凝った作りの“架空のロックスター伝記番組”。リンゴも証言者の目玉として登場し、ビートルズに関する衝撃的証言を。

★「YES! YES!! YES!!!」(ザ・グッバイ)
エド・サリバン・ショーのパロディ映像として珠玉のPV。
本日客席に臨席の萩原健太氏・能地祐子氏〜ヨッちゃん〜不肖宮永は、実は“ナイアガラ”というキーワードでひとつにつながる縁である、というエピソード。

[休憩]

5、参加者持ち込みコーナー

★(by ぶらっきーさん)
奥田民生&井上陽水「ありがとう」

★(by グレッチさん)
ジャケット・パロディ各種

★(by 平成のビートルマニアさん)
ジャケット・パロディ紹介サイトのプリントアウト

★(by ダニーさん)
映画「すべてをあなたに」より
エド・サリバン・ショーもどきの場面

★(by 28ifさん)
セサミ・ストリートCDよりB4パロディ曲
「Hey food」

「はっちぽっちステーション」グッチ裕三氏によるB4パロディ
うみ〜おつかいありさん〜森のくまさん
(ここで宮永所蔵の「あたらしいどうよう赤盤」に収録の『森のくまさん』とも聴き比べ)

「パワー・パフ・ガールズ」のB4パロディ満載の回
(見どころ満載で中断しようがなく、会場全体でコンプリート鑑賞してしまいました。)

28ifさん自作のB4アート作品


6、フォロワー・コーナー

★ウルグァイのビートルズ Los Shakers

★G.Martin賞受賞バンド ビートルース


7、特別編

★たま
宮永が長年主張してきた持論を呈示。

本人たちはフォロワーと意識してはいないが、結果的に実にビートルズ的在り方。

●日本には珍しい4トップ形態のバンド。
●外見から受けた世間の衝撃。
●スタンダードナンバーとしての風格を持つメロディライン

イカ天初登場の回の映像を紹介


8、大トリ
★「ジョンの心の奥深くには、ある1曲が無意識に残っていたのではなかろうか」という宮永なりの新説発表


今回の講義の最初に呈示した「ジョン(=ビートルズ)も素晴らしきフォロワーであり、渋谷系の元祖である」という論旨と円環となった状態で終了。

次回は、それをふまえると一層楽しめる「大瀧詠一のナイアガラ宇宙とビートルズ」をテーマに開催します。

第8回 “星加ルミ子氏登場! 聞きたい放題「生ビートルズ」秘話”
2004/04/12

第1部

ニュースコーナー:
★Dark Horse YearsのDVDより「ジョージ日本公演 Cheer Down」
 
★いかりや長介氏追悼「今回の追悼ワイドショーにおける、ビートルズ武道館公演前座(ダイジェスト版2種)」これも当然6月30日版と7月1日版が存在する。メンバーがステージを走り回る完全版は6月の来日特集をお楽しみに。


本日のメインゲストを迎えるに際しての予習:

★星加ルミ子さんが日本人として初めてビートルズ単独会見に成功した頃の、世界でのビートルズ人気がしのばれる映像2種。
 
 「007 ゴールドフィンガー」1964
 「エレキの若大将」(前回とは別場面)1965
賞味ポイント解説(LPの値段・ギターの弦の張替え・ヒットチャートのタイトル群・「HELP!」国内盤の表裏…)

★ミニライブ:

 ワタナベイビー「It's only love」
 宮永「涙の乗車券」
(この2曲のセレクトは、実はこの日のクライマックスへの伏線となっている)
       
★ワタナベイビーのニューアルバム「ベビースター」より「恋のメロディ」を4月28日発売に先駆けて試聴。

★アルバム・プロモ用非売品ブックレット「ベビースター・ブック」を先着30名にプレゼント(ベイビーのインタビューに加え、宮永がベイビーを語るページも収録)


能地祐子氏登場:
 
★「4月15日のCRT 爆走!ザ・グッバイまつり2004」のプロモを兼ねて、CRTとビー大がナイアガラ・ファミリーというキーワードでくくると兄弟イベントであること、お互いの大瀧詠一氏との関わりをザ・グッバイに関連付けて、しばし解説。

★宮永がザ・グッバイを80年代中期にインタビューした際の“ヨッちゃんによる山下達郎氏のカッティングに関する言及”を紹介。
 
★能地さん持参の「シャウト!」ビデオより「How do you do it」をみんなで堪能。
 

第2部

星加ルミ子氏登場!:

★ビートルズとこれまでに何度あったのか、ざっと振り返る。

★1965年午後5時5分に初会見するまで


当時、海外へ行くということは現在とは意味が大きく異なる

渡英が決まった時、日本橋の三越で着物を買うことにした星加さんはどんな着物が欲しいと店員に頼んだか

プロジェクトは65年の初頭から既に進行していた事実

エプスタインからの回答は“Absolutely NO!”(絶対に無理)というものだった

ロンドンで会見に成功する前にリヴァプールに行ったエピソード
(日帰りですぐロンドンに戻った理由)


「ビートルズに会わせる」という知らせはいつどういう形で入ったか

星加さんとパリで合流した2人の人物

持参したプレゼント総目録を検証
 日本刀はイミテーションか本物か?
 刀は何本持参したのか?
 エプスタインにあげた刀は一番高級な品だったか否か?
 受け取った時のエプスタインの反応は?
 ビートルズにあげたのは兜のミニチュアだけだったのか否か?
 それらのプレゼントは全て星加さんが選んだのか?

文化放送から声を録音してくるように言われたデンスケについての言及

会見写真でGとPが持っている箱は何か?

あの写真にはもう一枚別テイクがある。その違いは?

EMIスタジオに到着した時、星加さんを待っていた顔ぶれは?

星加さんが紹介された時の4人の反応は?

Pが階段下でエスコート

Gは着物に触りまくり(東洋への憧憬?)

Jの日本への興味(相撲・わびさび・神社仏閣)を当時から旺盛に持っていた事実。その理由は?

誰の英語が一番わかりやすかったか?

お茶を入れてくれたのは誰?

Gが勧めてくれたビスケットの味は?

読者からの質問をタイプして持参してきた用紙を4人はどうした?

4人の手形を取るアイデアは何とその場の思い付きだった

Pのピック

取材前に「4人に会えたら、絶対これだけはやるぞ」と決めていったこと4つ。
 声のメッセージをもらう
 読者へのサインをもらう
 読者からの質問にできるだけ答えてもらう
 できるだけ多くの写真を撮ってくる

Pはどういう流れで星加さんのどの辺にキスしたか?

長谷部カメラマンが、4人に1つだけ頼んだことは?

スタジオではレコーディング中だったのか?

星加さんが耳にしたのはボーカル入り? バックトラックのみ?

その曲は何か?

映像:星加さんが渡英する2ヶ月前の4人の姿
 「NMEトップポールコンサートより Ifeel fine 〜She's a woman」

その日に星加さんが耳にしたのかもしれない「It's only love」ラフテイク(TAKE3+TAKE5)

星加氏(&カメラマン長谷部氏)が今も「涙の乗車券」説を取る理由は?

“ショウビズという世界の奥深さ”についての補足解説 by 宮永

宮永の仮説提示:「誰も関連付けて語った人はいないが、当初30分の予定が3時間になるまで4人が会見してくれた理由の1つとして、ある事実も大いに関係しているのではないか」

会場からの質問コーナー:
「ビートルズのメンバーの中で誰が一番男性として一番魅力的でしたか?」by ジママン

「ブライアン・エプスタインの4人に対する想い(特にJ)を感じさせる場面はあったか?」by サジ

おまけ:星加さんから貴重な余談
 2年後、まったく取材抜きでプライベートでメンバーとしばし談笑する機会がひょっこり出来た時、Jがしみじみ星加さんに語った言葉


…ざっとこういうところです。
今回は、星加さんの記憶をあれこれ精査することに時間をたっぷり割くことに決めました。映像・音源の紹介はできるだけ控え、通常なら第2部に持ってくるミニライブすらも前半で終え、万全の体制でお届けしました。

アンケートを拝見すると、皆さんもたっぷり興奮&堪能してくださったようで、こちらとしても嬉しい限りです!
感想やリクエストなど、BBSの方に何なりと書き込んでください。


ビー大・哲学部教授
宮永正隆

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ

- Topics Board -